戦艦大和は、広島県の呉海軍工廠造船ドックで昭和十二年起工、昭和十六年閑静建造された世界最大の戦艦である。
第二次世界大戦中は、連合艦隊の旗艦となり数次の海戦に参加して活躍していたが、戦況急を告げ沖縄海上特別攻撃隊旗艦として巡洋艦矢矧、駆逐艦八隻とともに山口県徳山沖から沖縄決戦へと出撃したその途中、枕崎市の西南西約二百キロの東シナ海上において数百機と言われる相手国艦載機の猛襲にあい、約二時間の死闘ののちついに、戦艦大和ほか巡洋艦矢矧、駆逐艦磯風、浜風、朝霜、霞ともども撃沈された。
時に、昭和二十年四月七日のことである。この先登で運命を共にした方々は三千七百二十一名を数え、その出身地は実に四十五都道府県に及んでいる。
私達は、戦争による数多くの尊い犠牲の上に今日の我が国の反映と平和な暮らしがあることをよく認識し今なお、水深三百四十メートルの海底に眠る戦艦大和等の貴重な歴史的事実を遺産として後世に語り継ぎ、戦争の悲惨さと平和の有難さを再確認したい。
ここに戦艦大和はほか五十周年記念碑を安置して、幾多の殉国の御霊に心から感謝しつつ永久に御供養し、あわせて世界の繁栄と平和を祈念するものである。
平成七年四月七日
平和祈念展望台事業奉賛会
沖縄海上特別攻撃隊編制
戦 艦 大 和 海防艦 前路掃蕩
巡洋艦 矢 矧 (御蔵・第三十三号)
駆逐艦
第四一駆逐隊 (冬月・涼月 )
第一七駆逐隊 (磯風・浜風・雪風)
第ニ一駆逐隊 (朝霜・ 霞 ・初霜)